haloのブログ

脳疲労、ブレイン・フォグ、慢性疲労、ADHDなどについて、個人的体験と信頼できると思われる資料を基に書いていきます

子どもに暴力を振るう親は罪悪感を持たないのでよりエスカレートすると思う

全てのケースがタイトルどおりだと言っているわけではないので、それは最初にお断りしておきます。
感情的で支離滅裂かもしれません。すごくショックでつらい事件でした。

www3.nhk.or.jp



こういったニュースを見るたび、身につまされます。
私は今も生きていますが、それはたまたまで、運が良かったんだろうと思っています。

私の両親も発達障害の可能性がかなり強いのですが、
特に父親は暴力的で、思考も短絡的で、対人関係は上下関係でしか見ないタイプでした。
プライドが非常に高くて、自分の都合や感情や思いつきを最優先するのですが、
他人の考えや、他人の痛みやつらさや屈辱感などには一切頓着せず、
暴力や恫喝を使ってでも、とにかく相手をねじ伏せれば自分が優位に立てると考えているような人でした(特に家族には)。

自分の父親なのですが・・・

幼児だろうと容赦がなくて、私自身もよく殴られたり、床に叩きつけられたり、
頭をつかまれて顔を壁にぶつける寸前で止められ、その頭を後ろに引かれて、
また勢いよく壁にぶつけられそうになり、また寸前で止められ・・・というのを何度も繰り返されたりしていました。

この寸前で止めるというのが私には一番怖くて、やっている本人は、壁にはぶつけていないのだから手加減しているつもりだったようですが、
私自身は頭を激しく揺さぶられて、脳が頭蓋の中でバウンドする気持ち悪さを感じてぞっとするほど怖かったことを覚えています。
殴られる方が、直接的な痛みがあるだけまだましだと思っていました。

私には小学校に上がる前の記憶が結構あるのですが、そのほとんどが、こういった恐怖の思い出です。
私は高校を卒業して家を出るまで、いつか父に殺されると思いながら生活していました。
でも、まさか家の中で顔を合わせないわけにもいきません。
他の家族がいる間はまだいいのですが、家の中で父と2人だけになるのは、ものすごい恐怖でした。

小、中学生の頃の私は、父から暴力や恫喝を受けたことを「父とけんかした」という表現しかできませんでした。
(それ以前は「しかられた」と言っていました)
今回被害に遭った女の子も、お父さんとけんかしたというような言葉を残していたようですが、私は、それは「けんか」ではなく、「一方的な暴力を受けた」という意味だと思っています。

そもそも、親子とはいっても、大人の男性と小学生の女の子が「けんか」なんてできるものでしょうか?
ひたすら一方的に子どもが怒鳴られたり、暴力を受けたりするだけでしかないのではないでしょうか?
普通の親子ならちゃんとけんかができるのかもしれませんが、私は普通の親を持った経験がないので、わかりません。

暴力的な親を持った場合、「親子げんか」は、単純に「子どもが暴力を受けている」ということではないかと思います。
そういった親は、子どもが反論することを絶対に許しません。
暴力をふるっている間に何か一言でも口にしたら、「親に反抗した」という理由でさらに暴力をふるうだけですから、やっぱり「けんか」ではなく、ただの暴力だと思います・・・

親子関係がどうかということは、家族の外にいる人間には分かりにくいことかもしれませんが、
できれば、「親子げんか」が一方的な暴力である可能性も、子どもに関わる仕事をしている人には知っておいてほしいと思います。

その「けんか(暴力)」の理由は、例えば私の家では、箸の持ち方が悪いとか、返事の仕方が気に入らないとか、自分を尊敬しない態度を取ったとか、そんな理由でしたが、それでき●●いのように暴力をふるうことを「しつけだ」と言い張る人間が実際にいるんです。
そして、本人はその暴力を「しつけ」であって「親として正しいこと」だと本当に信じていて、全く悪いとは思っていないことがあるんです。

悪いと思っていないから、逆に容赦がないんですよね。
もっと厳しくすれば(もっと痛めつければ)自分の言うことをきくだろう、それが正しいことだ、と思っていたりするんです。


今回、逮捕された父親も、自分が悪いことをしたとは思っていないのではないかと思います。
しつけがちょっと行き過ぎてしまったとか、暴力はふるったけれども、その原因は子どもにある、死んだのは運が悪かった、程度に思っているのではないかと、これは私の全くの想像ですけれども、そう感じています。
私の父が、もし私を殺していたら、そう思っただろうし、そう言っただろうと思うからです。

こうした父を、つい最近まで全く理解できませんでした。
それまでは恐怖と嫌悪の対象でしかなかったのですが、大人にも発達障害があると知り、その症状や個別のケースなどを自分なりに知っていくにつれ、
父のわけのわからない思い付きや突然の暴力や、こちらが心の底から嫌だと思っていることばかりをしていながら「(構ってやっているのに)笑わない、喜ばない」と言って激怒するのが、
一種の機能障害からくるものだと考えることで、父という人間を多少は理解することができたと思っています。

※障害があれば父のような人間になると言っているわけではありません。父は発達障害という概念さえない時代に成長し、当然、成人後も一切適切なケアが行われませんでした。
現在はいろいろなケアやサポートがありますし、それに障害を持っていたとしても、こんなに暴力的なタイプはあまりないと思います※

私の父は衝動性が高く、他人の感情を理解することができない人間でした。
そのため、相手のつらさや痛みや屈辱感を理解できず、他人への同情心なども持てなかったのだろうと思います。
当然、他人からは嫌われますが、なぜ自分が嫌われるかも分からず、常に不満をため込んでいたのだろうと思います。
その不満を、子どもへの「しつけ」で解消していた部分もあったのではないか、とも思います。*1

ただ、理解するということと、許したり、愛情を持ったりすることは全く違います。
私は父がとても嫌いでしたし、今もそうです。
多分、今回犠牲になってしまった子も、暴力を振るう父親を好きではなかったのではないかと思います。
嫌いな相手から暴力を振るわれながら、それでも一緒に生活しなければならないのは、とてもとても苦しくてつらいことです。

でも子どもには、ご飯を食べて眠るという、つまり命をつなぐ場所は、親のいる家しかありません。
大人になって、自分で働けるようにならない限り、それ以外の場所を見つけること自体が難しいのです。

今は児童相談所がありますが、それでも、子どもが自分から相談するのは、自分が生きられる場所を自ら壊すぐらい大きなことだと思うのです。
あの女の子は、本当に、よほど暴力がつらかったのでしょう。

親の側にも、私の父のように障害とか、あるいは周囲の環境とか、いろいろな事情があって、子どもにきつく当たったりすることもあるだろうと思います。

でも、どういう事情が親側にあったとしても、子どもが暴力の被害者になる理由にはならないし、なってはいけないと思います。*2
でも、相手が親で、自分が子どもだというだけで、暴力から逃げることがとんでもなく難しくなるんですよね。

今回の事件は、父親が特に暴力的で、相談所の職員にもひどい恫喝をして恐怖心を抱かせたということです。
こうした人間に、一般の人が対応するのは、やっぱり非常に難しいと思います。
普通の人が、むき出しの怒りや憎しみをぶつけられるということ自体、めったにないことですから、恐怖を感じるのは当たり前です。
現実の暴力は、映画や漫画で見る暴力とはやっぱり違うんです。

警察が介入できるようにでもしなければ、今回のように負けてしまうのではないでしょうか。
職員の方にもある程度の訓練や心構えが必要かもしれませんし、警察との連携もしてほしいと思います。

逆に、私の父のようなタイプなら、警察などの肩書がある相手には、不思議なほど従順になったりもするのです。
今回の犯人もそうだと言い切ることはできませんが、もしかしたら、警察のようなある程度の権力がある人が出てきていたら、少なくとも職員の方が身の危険を感じることはなかったかもしれません。

でも、どうして最初の保護を解除したんだろう・・・本当に残念です。

*1:私の父に限っては、この見方は恐らく正しいと思います。

*2:そういったこととは全く違って、子どもにとっても本当に必要な場合に、叩いたり荒い言葉を言ったりすることもあると思いますが、それはまた別です。私は子どもに一切手を上げるなと言いたいわけではありません。